【3日目】なぜ、これまでの努力は報われなかったのか?
- 古い「心のOS」を使い続けると、お子さんにも引き継がれる危険(世代間連鎖)があります。
- この負の連鎖を短期間で断ち切る唯一の道は、専門家による『心理療法』です。
- しかし、多くの心理療法は「アプリ」(思考)や「本体」(身体)を修正するだけで、「大人の愛着障害」の根本原因である「心のOS」(基本ソフト)をバージョンアップできません。
- だから、これまでの努力は報われなかったのです。明日はいよいよ「心のOS」を安全に書き換える、本当の方法をお伝えします。
こんにちは!
公認心理師の中野日出美です。講座の3日目へようこそ。
前回、長年の生きづらさの本当の正体が、幼い頃に作られた古い「心のOS」にあることを突き止めました。
では、この根深いOSの問題を、どうすれば解決できるのでしょうか?
もしかしたら、あなたは「セルフケアや独学で、いつかはこの問題を克服できるのではないか?」と考えているかもしれません。
もし、あなたがこれから10年、20年という長い歳月をかけて、膨大な試行錯誤を繰り返す覚悟があるのなら、少しずつ変化は訪れるかもしれません。
ですが・・・
その10年、20年の間に、何が起こるでしょうか?
ここで、見過ごすことのできない、もう一つの深刻な現実があります。特に、お子さんがいらっしゃる方は、よく注意して、真剣に聞いてください。
それは『愛着障害の世代間連鎖』です。
お子さんに、引きこもり、不登校、家庭内暴力、非行、自傷行為、摂食障害などの危険信号は出ていませんか?

なぜなら「心のOS」に組み込まれた不安定なパターンは、意識しないうちに、子育てを通じて、大切なお子さんの「心のOS」にコピーされて、問題行動として現れる危険性が極めて高いのです。
つまり、あなたが今抱えている生きづらさを、お子さんもまた、将来抱えることになってしまうかも・・・
あなたの人生の貴重な時間だけでなく、お子さんの未来まで、リスクに晒し続けることができますか?
もし、あなたの答えが「ノー」であるならば。
もし、あなたが「この負の連鎖を自分の代で断ち切り、短期間で根本的に人生を変えたい」と心から願うのであれば、道は一つしかありません。
それが、専門家による『心理療法』です。
なぜなら、「心のOS」の書き換えは、自己流で触ればシステム全体を危険にさらしかねない、極めて専門的な作業だからです。
この連鎖を安全かつ確実に断ち切るには、「心のOS」の仕組みを熟知した専門家の、科学的な理論と精密な技術が不可欠です。
では、なぜその「心理療法」でも変われなかったのか?
「なるほど、専門的な心理療法が必要なのはわかった」
「でも、私はすでにカウンセリングやセラピーを試した。それでも、根本的には変われなかった・・・」
そう感じている方も、少なくないはずです。
根本的に変われなかったのには、明確な理由があります。
そしてそれは、あなたが受けた心理療法が、間違っていたからでもありません。
実は、『心理療法』と一言でいっても、それぞれに得意な領域と限界があるのです。
そして、あなたがこれまで試してきたアプローチは、「大人の愛着障害」というOSの問題を直接、短期間で書き換えるようには設計されていなかったのです。
ここからは、なぜ従来の心理療法ではOSのバージョンアップが難しかったのか?その理由をスマホの例えで、世界一わかりやすく解き明かしていきましょう。
1
認知的アプローチの限界:新しい「アプリ」を入れるだけでは、OSは変わらない
認知行動療法(CBT)や、自己啓発の本を読んで思考のクセを修正しようとすることは、スマホに新しい『アプリ』をインストールして、古い『アプリ』を削除するようなものです。
「ポジティブ思考」や「コミュニケーション術」といった新しいアプリを入れれば、一時的に問題が解決したように感じるかもしれません。
しかし、土台である「心のOS」が古いままではどうなるでしょう?
ストレスという重い負荷がかかった途端、OSは対応できず、アプリはフリーズしたり、強制終了してしまいます。
「頭では分かっているのに、感情的な反応が止められない。行動が変わらない・・・」と感じるのは、まさにこの状態です。
このアプローチは、症状の軽減には役立ちますが、OSそのものを書き換えることはできません。
2
身体的アプローチの限界:「本体」を修理しても、OSは変わらない
ソマティック・エクスペリエンシング®(SE)に代表される、身体の感覚に働きかけるアプローチは、スマホの『本体(ハードウェア)』を修理・保守することに似ています。ひび割れした液晶画面や消耗したバッテリーを交換するようなものです。
トラウマ記憶は身体に刻まれているとされており、トラウマケアはとても大切です。
しかし、「トラウマを癒すこと」と、人生の土台である「愛着を再形成すること」は、全く別の専門的な課題なのです。
身体的アプローチでトラウマケアはできますが、愛着を再形成しようとすると、全く別の大きな問題が起こります。詳しくは、末尾の【注記】で説明していますので、ご興味がある方はご覧ください。
3
中間的アプローチの限界:「OS」にアクセスできても、書き換えるための『設計図』がない
臨床催眠やEMDRといったアプローチは、普段は触れない「心のOS」の深い領域にアクセスできる、非常に優れた方法です。
しかし、「大人の愛着障害」を克服するためには、アクセスするだけでは全く不十分です。
それは、OSのシステムフォルダを開くことはできても、どのプログラムを、どのように修正すればいいかを示す『設計図(専門理論)』や『手順書(治療プロセス)』がなければ、根本的な解決には至らないからです。
EMDRでは、この手順は定められていますが、どちらかと言うと、身体的アプローチに近く、トラウマケアはできても、愛着を再形成するのは難しいという限界があります。
臨床催眠には、たくさんの技法がありますが、「大人の愛着障害」を克服するための理論や手順は、研究されつつありますが、確立されているとまでは言い切れない状況でした。
「心」という複雑なOSをバージョンアップするには、ただアクセスするだけでなく、それを安全かつ正確に書き換えるための、特別な理論や技術が不可欠なのです。
もうお分かりですね?
あなたの長年の苦しみは、『心理療法』でなければ解決できないほど根深い問題でした。
そして、その中でも、『心のOSを根本から書き換える』という特別な目的のために設計されたアプローチでなければ、本当の変化は望めなかったのです。
必要なのは、①「心のOS」に安全にアクセスし、②『大人の愛着障害』を克服するための正しい設計図(理論)や手順書(治療プロセス)に基づいて、③精密な道具(技法)で書き換える、という全てを兼ね備えた、統合的な心理療法です。
明日の4日目は、いよいよその核心をお話しします。従来の心理療法の限界を乗り越え、心のOSを根本から安全にバージョンアップするために私が体系化した【中野式】心理療法の秘密を、世界一わかりやすく解説します。
ぜひ、楽しみにしていてください!
【補足資料】大人の愛着障害に用いられる主な心理療法
今回の講座内容をより深くご理解いただくために
現在、大人の愛着の問題に用いられている主な心理療法のアプローチと、その特徴・限界を一覧表にまとめました。ご自身の状況を客観的に把握するための参考としてご活用ください。
大人の愛着の問題に用いられる心理療法は、主に以下の3つのアプローチに分けられます。
「大人の愛着障害」に用いられる主な心理療法
| アプローチ | 代表的療法 | 長所(有効な点) | 短所(限界) |
|---|---|---|---|
| 認知的アプローチ(トップダウン) | 認知行動療法(CBT) 交流分析(TA) |
心の仕組みの理解や症状の軽減(不安、うつ等) 認知の歪みの修正 日常生活の改善 |
前言語的記憶にアクセスできない 根本的な変化が起きにくい |
| 中間的アプローチ | 臨床催眠、芸術療法、EMDRなど | 非言語のアプローチで潜在意識にアクセス可能 前言語的記憶へのアクセス |
「大人の愛着障害」の克服には、さらに専門的な理論や手順、技法が必要 |
| 身体的アプローチ(ボトムアップ) | ソマティック・エクスペリエンシング®(SE)など | 身体に刻まれたトラウマの解放 身体症状の軽減 自律神経系の調整 |
根本的な変化が起きにくい ストレス下で古いパターンが再起動 |
【注記】子どもの「愛着の問題」と「大人の愛着障害」のアプローチの違いについて
上記の表は、主に「大人の愛着障害」を対象とした場合の一般的な特徴です。子どもの「愛着の問題」へのアプローチは、これとは大きく異なる点があるため、補足します。
子どもの場合:柔軟なOSと、親という安全基地
子どもの場合、「心のOS」はまだ形成の途中にあり、非常に柔軟です。そのため、例えばトラウマ焦点化認知行動療法(TF-CBT)のような認知的なアプローチでも、思考や行動のパターンを修正しやすい場合があります。親という絶対的な「安全基地」が存在するため、親が専門家の指導のもとで、抱きしめるなどの身体的なアプローチを通して、子どもの安心感を育み、愛着を再形成していくことは非常に有効です。
大人の場合:確立されたOSと、職業倫理の壁
しかし、「大人の愛着障害」は全く状況が異なります。
すでに数十年にわたって稼働し、固く確立された「古いOS」を書き換えるには、より専門的で、深層心理に直接働きかける統合的なアプローチが不可欠です。
なぜなら、大人のクライアントにとって、治療者との身体的な触れ合いは、全く違う意味を持ってしまう危険があるからです。
それは、安心感どころか、かえって「これは、どういう意味なんだろう?」という混乱を招いたり、「この先生がいないと生きていけない」という、不健康な依存心を生んでしまったりする可能性があります。
その結果、安全であるはずの治療の場が、クライアントをさらに深く傷つける『第二のトラウマの場』になりかねません。これは、専門家としてクライアントを守る上で、絶対に越えてはならない一線なのです。
【中野式】心理療法が、なぜ「大人の愛着障害」の克服において、厳格な倫理基準のもと、身体的接触ではなく、臨床催眠を用いて安全に深層心理(OS)に働きかけるという統合的なアプローチを重視するのか。その専門的かつ倫理的な理由が、ここにあります。

